![]() 大きな蚊が一匹仕事部屋の中を飛んでいる。 きっと最近暑くなったので窓を開け放した時にでも入って来たのだろう。 普通の大きな蚊だったら気にもしないでうっちゃっておくのだが、 その蚊は、親指大の綿ぼこりを足につけたまま飛んでいた。 比重の軽い生き物は大変だ、それだけで難儀そうに見える。 そんなにいらだって飛ばなくても、 休んで考えたほうがいいように思うのだが、 窓明りに向かって必死に飛行を続けている。 彼は、祈った。 45度上を見つめて、大きな雲のようなとらえどころのない悲しみが、 心にのしかかっているのをどうか早く取り払ってくれますようにと神様に祈った。 特定の神を信じている彼ではないが、何か畏怖の念があった。 どうかこの苦しみが、早く癒されますようにと口に出してもう一度つぶやいた。 大きな蚊は、もう見あたらなかった。 きつとカーテンの陰か、どこかの物陰にでもいるのだろう。 もし彼がその蚊の綿ぼこりを取ってあげたら蚊は、自由になるだろうか? 現在の苦痛からは、逃れられるとは思うが、、、。 彼は、なんだか自分が神になったような気がした。 少なくともその大きな蚊に対して自分は、 神のような立場にいるのではないかと錯覚した。 郵便物を取りに行って部屋に戻ると、白壁沿いにその無様な生き物が、又飛んでいた。 市民税の通知書の金額を彼は確かめてから、怒ったようにその用紙で蚊を一叩きした。 うまい具合に綿ぼこりと蚊は分離された。 机の上にふありとのった綿ぼこり。 彼はそれを指で摘んで眺めてから、くず箱に丁度1メートル上から落とした。 蚊は見当たらなかった。 煙草を一服していると、又大きな蚊が現われた。 白壁沿いに這うように飛んでいる。 そして又綿ぼこりをつけている。彼は大きな声で笑った。 何か剽軽者のようなその蚊に親近感を覚えた。 蚊は、実は綿ぼこりをつけて遊んでいるのではないだろうか。 自分がその蚊に対して神のような立場だと思ったことを少し恥じた。 しかし、その時蚊が鳴くような微かな声がした。 「私は、あなたの為にやってるんですよ。 自分の頭の上のその大きな綿ぼこり、見えます。」 |
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