短いエッセイを
タイトル「厚着とTシャツ」
冬の街を歩いていると、ときどき不思議な並びに出会う。半袖の欧米人観光客の横で、日本人がマフラーを巻き、肩をすくめている。
あれは単なる気合いの差じゃない。体と暮らし、両方の積み重ねがつくる風景だ。体の話からしよう。欧米人は平均体温や筋肉量がやや高く、熱をつくって抱え込むのが得意だと言われる。
筋肉は小さな暖房機で、量が多いほど寒さに負けにくい。日本人は相対的に熱をため込みにくい傾向があるともされている。
次は暮らし。欧米の家やオフィスは冬でも暖房がよく効いていて、室内はぽかぽかだ。だから外に出るときも案外薄着で平気になる。
一方、日本の家は伝統的に断熱が弱く、家の中でも寒い。結果として、重ね着が日常になる。「冷え性」という言葉がここまで根づいているのも、日本ならではの感覚かも知れない。
つまり、寒さの感じ方は生まれつきと育ち、両方のスタンスで立っている。長く住む土地に体がなじみ、習慣がその感覚を補強する。その延長線上に、あの冬の光景がある。
半袖と厚手コートが同じ横断歩道に並ぶとき、そこには単なる我慢比べではなく、見えない体温と見えない生活の歴史がすれ違っているのかも知れない。